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最終更新日:2015年02月19日


町長写真
2015年08月14日(金)

第174号(8月15日配信)

先日の湯河原やっさまつりですが、おかげさまで、賑々しく無事に終わることができました。皆さんありがとうございました。

8月7日(金)、8日(土)に広島県三原市を訪問してきました。やはり広島もとても暑かったです。ご存じのとおり、三原市とは「やっさ踊り」が取り持つ縁で、40年ほど前から交流が続いています。今回、「第40回三原やっさ祭り」に、湯河原町から3日間で、総勢約100人が参加交流してきました。

「三原やっさ祭り」と湯河原とは、どんな関係があるのかと思われる方もいらっしゃるかと思います。そのルーツは、今から800年以上前にさかのぼります。石橋山の合戦に敗北した源頼朝公が、その後の鎌倉幕府を樹立するまでの間、源氏方の武将として頼朝公に尽くし、頼朝公の大いなる信任を受けた武将がいました。その後、その武将は守護職として備後の国(今の三原市を含む広島県の東半分)へ派遣されます。その人物が、皆さんご存じの湯河原を治めていた豪族「土肥次郎実平」です。その後、実平の子孫は、「小早川」の姓に変わっていきます。その小早川一族の「小早川隆景」が、三原城の完成を祝った祭りが、三原やっさ祭りのルーツと三原市ではされています。一方、「湯河原やっさ踊り」は、実平が、年に一度、領民に放歌乱舞の機会を与えて楽しませ、その歌詞から自由な政道批判を聞こうとしたとされ、一名実平踊りともいわれていましたが、長く途絶えていました。
そんな歴史上のつながりもあって、今から50年ほど前、八亀町長の時代に、三原やっさ踊りを参考にして、「湯河原やっさ踊り」が新たに誕生しました。その後も昭和46年、高杉町長の時代には、町長以下50名余りが三原市を訪問するなど交流を深め、昭和51年8月、杉山町長の時代に、親善都市として三原市と正式に調印し、今に至っています。

実は、それ以前から、民間人同士の交流があったこともお伝えしなければなりません。湯河原町で実平に関する歴史研究に携わっていた方々と、三原市で歴史文化を調査している方々とのご縁がそれに当たります。その方々がいなければ、今の交流がなかったとも言えます。それは、発会から80年以上、今なお、活動を続けている土肥会の皆さんです。
また、小学校5、6年生の有志が、お互いの祭りに隔年ごとに参加する交流を始めて、20年がたちました。

このように先人達が築いた礎を、これからも大切につないでいくためにも、約半世紀前からの交流の経緯を、今回は、お伝えしました。

8月10日執筆

2015/08/14 17:48 | メールマガジン


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