湯河原観光ボランティア
この湯河原の地に沸き出でる温泉は、古くは万葉集にも詠まれた歴史ある温泉です。
湯河原温泉郷と湯河原梅林は「美しい日本の歴史的風土準100選」に、また、湯河原万葉公園は、「日本の歴史公園100選」に選ばれています。
このように、湯河原町は歴史的・文化的資産と豊かな自然環境を有する温泉観光地として、多くの方々が訪れています。
中世には、地元の豪族、土肥次郎実平が源頼朝を助け、鎌倉幕府創建に多大な功績を残しました。
また、明治以降は、多くの文人・墨客が静養や執筆に訪れ、昭和の時代に勃発した2・26事件の際には、東京以外で唯一、襲撃の舞台となっています。
こんな歴史と文学や温泉の町「湯河原」を、私たちと一緒に探訪してみませんか?
湯河原観光ボランティアが”とことん”ご案内いたします!

湯河原観光ボランティアは、平成13年に発足し、創立10年を無事に迎えることができました。創立前の準備期間から、多くの方々に支えられ、ご指導、ご協力をいただき、今日まで活動を続けています。
その10年の歩みを振り返り、「創立10周年記念誌」を作成しました。
今後も観光ボランティアとして初心を忘れることなく、湯河原を訪れるお客様に湯河原の魅力を知っていただき、喜んでいただけるよう、活動していきたいと思います。
ガイド人数 |
30名 |
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ガイド料金 |
無料 |
最小催行人数 |
2人 |
予約方法 |
ガイド希望日の一週間前までにお電話でお申込みください
ガイド開始時間は9:30~14:30の間で承ります
※町役場でご予約を承った後、観光ボランティアから確認のお電話をかけさせて頂きますのでご了承ください |
主要コース1
| コース名 | 万葉公園散策コース(要予約) |
|---|---|
| 所要時間 | 約40分 |
湯河原温泉が万葉集に詠われていることから、歌人の佐佐木信綱先生の提言で昭和27年に造られました。園内の渓流沿いの散策は、とてもお勧めです。
| 万葉歌碑 (佐佐木信綱撰・竹内栖鳳書) |
「足柄の 土肥の河内に 出づる湯の 世にもたよらに 子ろがいわなくに」 (万葉集巻き14・相聞歌3368・詠み人知らず)と詠まれ、万葉公園のシンボル的な歌碑です。 |
|---|---|
| 国木田独歩の碑 (吉江弧雁撰・小杉放庵書) | 「湯ヶ原の渓谷に向かった時は、さながら雲深く分け入る思いがあった。」と刻されています。 碑文は、独歩の短編小説『湯河原行き』の末文です。 |
| 足湯施設「独歩の湯」 | 日本最大級の広さの「独歩の湯」は、平安京を庭園風にアレンジした絵巻物を見るような癒しの空間となっています。 |
主要コース2
| コース名 | 湯河原の歴史を訪ねるコース(要予約) |
|---|---|
| 所要時間 | 約1時間 |
土肥実平は、郷土が生んだ唯一の武将です。智勇に秀で源頼朝公を助けて鎌倉幕府の創設に貢献しました。
その実平の館跡と菩提寺「城願寺」を訪ね、湯河原の歴史の一端を訪ねます。
| 実平夫婦像と館跡 | 実平夫婦像が建っている場所は、お庭平と呼ばれ実平の館があった所と言われています。 その後ろの小高い丘には実平の菩提寺「城願寺」があり、城山の頂上には、土肥城跡があります。 |
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| ビャクシンの大樹 | 樹齢800年以上と言われ、高さ20メートル余り、幹周り6メートル余りの大樹です。 昭和14年に国の天然記念物に指定され、実平の手植えとも言われています。 |
| 七騎堂 | 頼朝と頼朝を守った6武将の木像(高さ30cm余り)七騎を祀った堂宇です。 お堂の中には、源頼朝公、土肥次郎実平、土屋三郎宗遠、岡崎四郎義実、新開荒次郎実重、安達藤九郎盛長、田代冠者信綱の木像が鎮座しています。 |
| 土肥一族の墓 | 墓所は10坪ほどの広さで、中には66基の墓石があり、五層の鎌倉様式の重層塔・五輪塔・宝篋印塔などがあり、一墓所に各種の墓型が見られるのは、関東では珍しく、神奈川県指定史跡となっています。 |
主要コース3
| コース名 | 湯河原の文人墨客を訪ねるコース(要予約) |
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| 所要時間 | 約1時間30分 |
その文人・墨客の足跡をたどりながら、湯河原の文学や絵画を探訪します。
みどころ
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万葉歌碑 (佐佐木信綱撰・竹内栖鳳書) |
「足柄の 土肥の河内に 出づる湯の 世にもたよらに 子ろがいわなくに」 (万葉集巻き14・相聞歌3368・詠み人知らず)と詠まれ、万葉公園のシンボル的な歌碑です。 |
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郷土資料館 (湯河原の文学を紹介した資料館) |
明治以降「湯河原」を訪れた主な文人の国木田独歩、夏目漱石、芥川龍之介、与謝野晶子、島崎藤村、谷崎潤一郎がパネルで紹介され、湯河原文学散歩のコーナーでは、町内の文学碑や文人宿などが紹介され、最後に、湯河原近代文学史要(年表)が紹介されています。 |
| 文学の小径 | 明治以降多くの文人が湯河原を訪れ、俳句や短歌などを詠んでいます、それらの板碑が30本余りこの小径に立っています。 |
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国木田独歩の碑 (吉江弧雁撰・小杉放庵書) |
「湯ヶ原の渓谷に向かった時は、さながら雲深く分け入る思いがあった。」と刻されています。 碑文は、独歩の短編小説『湯河原行き』の末文です。 |
| 伊藤屋旅館 | 島崎藤村の定宿でした。玄関前には藤村直筆の文学碑があり、藤村の名が記された宿帳や藤村の献立などの費用を記した大福帳も残っています。 |
| 湯元通り(栖鳳通り) | 竹内栖鳳が散策した通りで、近くには多くの文人が宿泊した「中西屋」の跡があります。 |
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町立湯河原美術館 (元天野屋旅館) |
天野屋旅館は夏目漱石も泊まった旅館で、館内では竹内栖鳳・安井曽太郎・栖鳳ゆかりの画家たちの絵画が鑑賞できます。 |
主要コース4
コース名 |
光風荘(2・26事件の舞台)館内案内 |
|---|---|
所要時間 |
約40分 |
その現場「光風荘」を展示の遺品や資料を通してご案内します。
| 第一展示室 |
・皆川巡査(牧野伯の護衛)の遺体の傍らにあった、焼け焦げた愛用の万年筆 ・河野大尉(襲撃隊長)が自決に用いた果物ナイフと直筆の辞世の句 ・兄河野大尉に自決を促した実弟からの手紙 ・麻生和子(牧野伯の孫・吉田茂の娘)の事件を回想した直筆の手紙 ・岩本亀三(牧野伯爵たちを救出)県知事からの感謝状とその時打ち鳴らそうとした半鐘 ・水上源一郎(襲撃隊の副官)の遺言書・辞世の句・妻へのメッセージなど |
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| 第2展示室 |
・決起した青年将校たちの写真と殺害された大臣と警察官の写真 ・2・26事件を報じた当時の新聞 ・「兵に告ぐ」の原稿と録音、「下仕官兵に告ぐ」ビラ |
(予約受付、問合せにつきましては、湯河原町役場地域政策課まで)
この情報に関するお問い合わせ先
総務部:地域政策課(企画)
電話番号:0465-63-2111 FAX番号:0465-62-1991

