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常設館
当館では、竹内栖鳳をはじめ湯河原の地にゆかりのある作品を中心にして、およそ1700点の作品を収蔵しています。
常設館では、約3ヶ月ごとに展示替えを行いながら、毎回20点程の作品を紹介しています。
↓収蔵作品の中から一部をご紹介
※常時展示をしているわけではありません。
竹内 栖鳳
「喜雀」 六曲一双屏風 昭和15年(1940)
「喜雀」(部分)
栖鳳は京都に生まれた日本画家。「東の大観、西の栖鳳」と評され、大観とともに第1回文化勲章を受章しています。
栖鳳が湯河原を訪れたのは、昭和6年頃とされていますが、夏目漱石も逗留した旅館・天野屋を度々を訪れるうち、その敷地内に住居と画室を建て、晩年のほとんどをこの地で過ごしました。
この作品は、栖鳳得意の雀を配した金屏風で、湯河原に長く滞在した記念にと描かれました。
「山海珍賞」 昭和7年(1932)
晩年、栖鳳は魚を題材にした作品を多く描いています。
気候が温暖で山海の幸に恵まれた湯河原に滞在するようになったことも、その理由の一つでしょう。
日常の何気ない食材を、色鮮やかに生き生きと描きあげています。
三宅 克己
「相州真鶴港全景」 昭和9年頃
克己は、明治から昭和の始めにかけて水彩画専門の画家として活躍しました。
イギリスの風景画に影響を受けた、写実的な美しい作品を残しています。
後半生を真鶴で過ごし、「南仏のニースに似ている」と愛した港の絵を多く描いています。
矢部 友衛
「労働者」
プロレタリア運動を通じてロシア美術を日本に伝え、自らも労働者を多く描いた洋画家。
湯河原には戦中疎開し、「平和署名ー農村から」などの作品を描きました。
富田 通雄
「渓流の秋 (湯河原万葉公園)」
湯河原町吉浜出身。三宅克己の後を次ぐ、第二世代の水彩画進行運動に関わりました。
銀行に勤める傍ら一水会などに精力的に出品を続け、また講演や執筆活動を通じ、水彩画の普及に努めました。
安井 曾太郎
「赤き橋の見える風景」 (寄託作品) 昭和29年(1954)
旧竹内栖鳳画室に移り住んだ安井が、窓から見下ろして眺めた風景を描いたものです。
画面の左下に見えるのがタイトルの 「赤き橋」ですが、晩秋に描き始めた作品が翌年の初夏にかかり、季節の移り変りとともに、木々の緑に覆い隠されてしまったといいます。